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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)2708号 判決 1985年12月17日

主文

一  原判決中、第一審原告ら敗訴の部分を取り消す。

二  第一審被告が昭和五六年七月二二日宇都宮地方裁判所昭和五六年(ケ)第一二一号不動産競売事件において、別紙物件目録記載(四)の建物についてした担保権の実行としての競売はこれを許さない。

三  右建物について宇都宮地方裁判所が昭和五七年一一月八日にした担保権の実行としての競売停止決定はこれを認可する。

四  第一審被告の本件控訴を棄却する。

五  訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告の負担とする。

六  本判決主文三項は仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求める判決

1  第一審原告ら

(一)  第一審原告らの控訴について

主文一、二及び五項同旨

(二)  第一審被告の控訴について

主文四項同旨

2  第一審被告

(一)  第一審原告らの控訴について

控訴棄却

(二)  第一審被告の控訴について

原判決中、第一審被告敗訴の部分を取り消す。

第一審原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告らの負担とする。

二  当事者の主張

次に付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  第一審被告の新主張

仮に本件不動産が第一審原告ら主張のとおり亡モリ子及び第一審原告イト子に遺贈されたものであるとしても、同人らは、昭和五二年一一月四日宇都宮家庭裁判所に受理された相続放棄の申述により、右遺贈を放棄した。

2  右主張に対する第一審原告らの認否

右主張は否認する。右相続放棄の申述は、勘造が偽造文書によつてなしたもので無効である。

三  証拠関係(省略)

理由

一  第一審被告の本案前の主張について

成立に争いのない甲第一号証によれば、為吉は、昭和四五年一〇月二一日付公正証書によつて本件遺言をし、その第二条において訴外島崎好雄を遺言執行者に指定していることが認められる。そして、遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する(民法一〇一二条)反面、遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない(同法一〇一三条)とされている。

しかし、本訴における第一審原告らの請求は、亡モリ子及び第一審原告イト子が本件遺言による遺贈により本件不動産の所有権を取得したことを前提として、受遺者としての地位において同不動産に対する妨害排除を求めるというものであるから、右請求は何ら民法の右各規定に抵触するものではなく、したがつて、遺言執行者の指定とはかかわりなく、右モリ子及び第一審原告イト子において自ら本訴を提起、追行することができるものと解すべきである。第一審被告の本案前の主張は理由がない。

二  本案について

1  請求原因1の事実及び同2のうち本件土地がもと為吉の所有であつた事実は、当事者間に争いがない。

2  本件建物が為吉の所有であつたか否かについて検討する。

前掲甲第一号証、成立に争いのない同第二号証、同第四号証、同第九号証、原審における証人藤田勘造の証言により真正に成立したものと認められる同第三号証、原審及び当審における証人藤田勘造、原審における証人石川八重子の各証言並びに原審における第一審原告藤田キミの本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、為吉が本件遺言をした昭和四五年当時、為吉の長男徳一郎は長らく行方不明であり、二男勘造は老齢の為吉夫婦の面倒をみることなく東京で働いており、長女八重子及び三女キヨ子は他家に嫁ぎ、為吉夫婦と以前から同居していたのは、ともに病身である四女のモリ子と五女の第一審原告イト子だけであつたので、為吉は、同人の死亡後は自宅の建物とその敷地をモリ子と第一審原告イト子に取得させるため本件遺言をしたものであること、その後昭和五二年四月ころ、老朽化した右建物を取り壊して建替えをすることになつたが、為吉は怪我などのために弱つていたので、当時東京から引き揚げてきて同居していた勘造に右建替えの件を依頼し、その建築費用として五〇〇万円を勘造に預けたこと、勘造は、同年五月一一日、自らが注文者となつて訴外鈴木修市との間で新建物の建築請負契約を締結したこと、右新建物の建築が、台所の工事や風呂場のタイル貼りなどを残すだけでほぼ出来上り、為吉らがこれに居住しはじめてから間もなく、同年七月一六日為吉が死亡したこと(右年月日に為吉が死亡したことは当事者間に争いがない。)、為吉と勘造とは折合いが良くなく、本件遺言に関して為吉が生前勘造に話をしたことはなく、他方、右新建物を遺言の対象から除外するような意向を為吉が示したこともなかつたこと、以上の各事実が認められ、これに反する証拠はない。

右認定事実によれば、右建替え後の新建物である本件建物は、為吉が死亡する以前にすでに独立の不動産として所有権の対象となりうる程度にまで完成していたものであり、かつ、当事者の合理的意思をも参酌すると、その所有権は右の時点で実質的な建築主である為吉に帰属したものと認めるのが相当である。もつとも、成立に争いのない甲第一〇号証及び乙第一一号証によれば、本件建物については、同年九月六日に勘造名義で保存登記の申請及びこれに基づく保存登記がなされており、また、その登記申請書類及び登記簿には、本件建物が「昭和五二年八月二七日新築」と表示されていることが認められるけれども、右登記手続は勘造が勝手にしたものであることは、同人の前掲証言に徴して明らかであるから、右事実は何ら前記認定判断を妨げるものではなく、他にこれを動かすに足りる証拠はない。

したがつて、本件建物は、本件土地とともに、為吉の死亡時においてその相続財産に属していたものというべきである。

3  進んで、第一審原告ら主張の遺贈の点について検討するに、当裁判所も、右主張の遺贈が行われたものと判断する。その理由は、次に訂正するほか、原判決一〇枚目裏五行目から同一三枚目表五行目までの説示のとおりであるから、これを引用する。

(一)  同一一枚目裏五行目の「一般には」から同一二枚目裏四行目の「先に認定したように、」までを削除し、これに代えて「為造が本件遺言をした事情は前認定のとおりであること、」を加える。

(二)  同一二枚目裏六、七行目の「右公正証書は勘造が帰宅して二か月位後に敢えて作成されたものであること、」を削除する。

4  そうすると、昭和五二年七月一六日為吉が死亡したことにより、本件遺言による遺贈は効力を生じ、本件不動産は右遺言指定の持分割合によりモリ子及び第一審原告イト子の共有になつたものというべきである。

第一審被告は、右両名が昭和五二年一一月四日宇都宮家庭裁判所に受理された相続放棄の申述により右遺贈を放棄したものであると主張するが、前掲証人藤田勘造、同石川八重子の各証言及び前掲第一審原告藤田キミの本人尋問の結果によれば、為吉の相続についてモリ子及び第一審原告イト子を含む一部相続人の名義で同裁判所に提出された各相続放棄の申述書(乙第五号証ないし第九号証)は、いずれも勘造が各名義人の意思に基づかずに恣に作成、提出したものであることが認められ、これに反する証拠はないから、右各相続放棄の申述は無効であり、これによつて前記遺贈の放棄の効力を生ずるに由ないものというほかない。

5  右1ないし4に説示したところからすれば、勘造が本件不動産につき同人名義の相続登記を経由したうえ、第一審被告に対してその主張のような根抵当権の設定及びその設定登記をしたとしても、右根抵当権設定行為は、前記民法一〇一三条の規定に抵触する相続人の処分行為として無効なものというべきであり、受遺者であるモリ子及び第一審原告イト子は、前記遺贈によるそれぞれの所有権取得につき、その所有権移転登記を経ることなくこれを第一審被告に対抗することができるものと解すべきである。

しかるところ、前掲第一審原告藤田キミの本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、モリ子は昭和五八年四月二七日死亡し、母である第一審原告藤田キミがこれを相続したことが認められ、これに反する証拠はない。

6  以上の次第であるから、本件不動産につき前記根抵当権の実行としてなされた本件競売手続の排除を求める第一審原告らの本訴請求は理由があり、これを認容すべきである。

三  よつて、右請求を一部棄却した原判決は一部不当であり、第一審原告らの本件控訴は理由があるから、原判決中右一部棄却部分を取り消し、同部分につき第一審原告らの請求を認容するが、第一審被告の本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、競売停止決定の認可及びその仮執行宣言につき民事執行法一九四条、三八条、三七条、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(物件目録は第一審判決添付のものと同一につき省略)

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